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2023.02.14IP台湾:他人の日本語の氏(森田)を含む商標の類否判断に関する事例(森田藥粧Dr.Morita事件)


台湾:他人の日本語の氏(森田)を含む商標の類否判断に関する事例(森田藥粧Dr.Morita事件)

台湾では学業や仕事上での必要性、個人的関心により一般的に誰もが英語の名前を持っており、さらに日本語や韓国語等の名前を有することもある。
よって多くの台湾企業では商標の文字を選ぶ際によく見られる外国の氏も候補に入れることがあり、中でも中国語文字のように読むことができる日本語の氏は他の外国語よりも採用されることが多い。
しかし、氏の数には限りがあるため、商標として登録する場合、混同誤認の虞や先行登録商標との類似等の問題が生じやすい。
この時、当該氏ひいては外国の氏が識別力を有するか否かも重要な争点となる。

台湾の知的財産及び商事裁判所(以下、知的財産裁判所)は2021年、台湾の有名なスキンケアブランド「森田藥粧股份有限公司」の「森田藥粧Dr.Morita」商標と、台湾の自然人である頼氏の「森田」商標の無効審判の取消訴訟において、「森田」の名字は識別力を有すると認定する判決(森田藥粧Dr.Morita事件、知的財産裁判所110年度行商訴字第26号判決)を下した。
以下、本件の概要及び判旨について紹介するとともに、近年の関連裁判例と合わせて分析した上で、台湾で氏の商標を出願する際の注意点等を述べる。

<事件の概要>

1934年に創業された台湾の老舗企業である森田藥粧股份有限公司(以下、森田薬粧、本件原告)は、台湾で最も有名なローカルスキンケアブランドであり、影響力を有する化粧品小売業者でもある。
森田薬粧は業界をリードする立場を確保するために、台湾において積極的に商標を出願しており、現在多数の区分で計300件以上の商標を取得している。
このうち、本件の対象となった商標は、第35類を指定した「森田藥粧Dr.Morita」商標(以下、本件商標)である。

本件商標の登録から1年後、先行商標「森田」の権利者である頼氏が、本件商標の第35類「薬剤の小売又は卸売り」及び「サプリメントの小売又は卸売り」役務における登録は、先行商標「森田」と混同誤認の虞があり、また本件は悪意の先取り出願に該当すると主張して無効審判を請求し、台湾特許庁は2020年に本件商標の登録を取り消す審決を下した。
森田薬粧は審決を不服とし、経済部の訴願審議委員会に訴願を提起するも2021年2月に棄却されたため、知的財産裁判所に行政訴訟を提起した。知的財産裁判所は2021年12月に原告敗訴(審決維持)の判決を下した。



 

<知的財産及び商事裁判所の見解>

【本件商標の指定役務における「森田」の識別力について】

両商標が有する「森田」文字は日本の氏であり既存の言葉に属するが、両商標の指定商品役務とは無関係であるため、強い識別力を有する。

【本件商標と先行商標の類似度について】

本件商標は外国語文字の「Dr.Morita」を組み合わせているが、「Morita」は「森田」のローマ字表記であり、「Dr.」は自らを標榜する呼称に属する。
また、「薬粧」は指定役務の性質、特性に関連する説明であるため、いずれも識別力を有さない文字である。
従って、中央に位置し且つ大きな赤色文字で強調された漢字である「森田」が、消費者の注意を引く本件商標の要部である。

本件商標の要部と先行商標では、フォントや色等が少々異なるが、消費者は商品又は役務を選ぶ際に、商標を並べて対比する方法によって出所を区別するのではなく、脳内に残った印象によって出所を区別する。
また、両商標の全体的な外観、観念、称呼は極めて類似しているため、時と場所を異にした隔離的観察によって、又は実際の商業取引で一連的に称呼する場合において、両者の類似度は低くない。

【本件商標と先行商標の指定商品、役務の類似度について】

本件商標の指定役務第35類「薬剤の小売又は卸売り」、「サプリメントの小売又は卸売り」と、先行商標の指定商品第5類「サプリメント」について、前者は役務で後者は商品であるが、商品と役務であっても類似する状況がある。
本件商標の指定役務「薬剤の小売又は卸売り」、「サプリメントの小売又は卸売り」では、対象となる販売商品が薬剤及びサプリメントであると具体的に記されていることから、消費者はその薬剤、サプリメントの小売役務と、薬剤、サプリメントの商品が、同一又は関連する出所に由来すると予期する可能性が極めて高いため、両商標の指定商品役務は互いに類似する。

【先行商標権者の保護について】

原告は証拠を提出し、「台湾の消費者は本件商標について熟知しており、先行商標と混同誤認の虞は生じない」と証明を試みたが、提出された証拠には日付がない、又は本件商標が完全な形で使用されていない。
また、たとえ本件商標はその登録時に先行商標より高い知名度を有し関連消費者に熟知されていたとしても、依然として関連消費者に先行商標との混同誤認を生じさせる虞がある。
台湾では登録主義、すなわち先願主義が採用されており、先行商標権者に比較的大きな保護を与えるべきであり、混同又は逆混同いずれの場合であっても、先行商標権者を保護すべきである。

【出典元代理人のコメント】

台湾の商標識別性審査基準第4.6.1において、「姓を商標とした場合、識別力を有さず、使用による識別力を取得したことを証明した後はじめて登録を受けることができる」と規定されている。
知的財産裁判所は以前よりこの規定を判断基準として採用しており、当然ながら外国語の氏にも同規定を適用している。
従って、従来の実務上の見解によれば、氏を含む商標では識別力を有しないとされ、使用による識別力の獲得についても相当多数の使用証拠を提出しなければ認められない。

しかし、近年の裁判例によると、外国語の氏を含む商標に対する使用証拠の提出を求める事例は徐々に減少しており、識別力の認定基準は緩和されている傾向にある。
例えば、「J.KAO事件」において、知的財産裁判所は「日本企業である花王株式会社の『KAO』商標は、中華圏の一般的な氏である『高』のローマ字表記と同一であるが、指定商品と直接的な関連性はなく、同社は当該商標を広く使用し関連消費者に熟知されているため、識別力を有する。」と認定している。
また「GERRY事件」においては、知的財産裁判所は「『GERRY』は英語の人名であるが、 この英語の人名と引用商標の指定商品との間には如何なる関連性も有しないため、『GERRY』は相当強い識別力を有する。」と周知性がない場合であっても識別力があると直接的に認定している。

一方、台湾特許庁は、2022年7月26日に公布した改訂版「商標識別力審査基準」において外国語の氏に関連する説明を追加し、外国語の氏、特に音訳された文字は異なる意味合いを有するため、台湾国内の消費者の認知に基づき識別力を有する、と認定した。これにより、台湾において外国語の氏を用いた商標出願を検討している人にとって、商標戦略の方向性がより明確となった。 
よって、審査基準の規定がさらに改定された今、外国語の氏は原則として識別力を有するため、出願人が氏を用いた商標を出願したい場合は、出願前にまず先行商標調査を行い、障害と成り得る先行商標の有無を確かめる必要がある。


[出典:Wisdom International Patent & Law Office]


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