2023.04.25IP中国:OEM関連の商標権侵害事件に関する司法判断
中国:OEM関連の商標権侵害事件に関する司法判断
商標権の属地主義の原則により、OEM委託先が海外で登録した商標は、中国国内の同一あるいは類似する商標の所有者に与えられる権利を、自動的に享受したり排除したりすることはできない。
関連商標が中国での商標権利者によって中国税関総署(GACC)の知的財産権税関保護システムに登録されていた場合、OEM関連製品は、輸出通関時にそれらの国内権利者に損害を与える可能性がある。
さらに、商標権侵害の疑いがあるとして、OEM関連の製品が税関で留置される可能性がある。
後者の事態が発生した場合には、海外のOEM委託者、中国のOEM受託者、通関業者にかなりの金銭的負担が生じるであろう。
ここでは、OEM関連の商標権侵害における中国法曹界の適用規則・判決について説明する。
その一環として、OEM関連の商標権侵害の典型的なケースにおける中国裁判所の判決理由を分析する。
その目的は、潜在的に起こり得る侵害行為を未然に防止し、対処のために効果的な手段を講じることができ、中国におけるOEM事業者の一助となることである。
中国におけるOEM関連商標侵害事件の司法判断の振り返り
中国の判例は、OEM関連の商標権侵害に対処するための法律の適用に関して、長い時間をかけて進化してきた。
例えば、2015年の「PRETUL」事件、2017年の「Dong Feng」事件、2019年の「Honda」事件という3つの事件に対する中国最高人民法院の司法判断は、いずれもこのような問題の司法判断に指針的意義をもたらした。
以下の図は、中国におけるOEM関連の商標権侵害の司法判断の変遷を示したものである:
中国における司法判断の変遷を以下に説明する:
・2010年以前は、ほとんどの中国裁判所が、中国で登録された同一または類似商標を付したOEM関連製品の商標権侵害を認めていた。
しかし、2010年から2015年にかけて、そのような商標権侵害に対する法適用に中国法曹界がより注目するようになった。
その結果、OEM受託者の製造行為は侵害に当たらないとの判例がいくつか出た。
・2015年、中国最高人民法院は「PRETUL」事件の判決を下し、OEM関連製品に付された商標は、商品の出所を識別するという商標機能を果たしておらず、また中国の関連公衆の間に混同・誤認を生じさせることもなく、侵害を認めることはできないとした。
・2017年の「Dong Feng」事件では、中国最高人民法院は出所表示・識別機能を意図していないOEMメーカーの活動における商標使用は、商標権侵害を構成しないことを再び述べた。
・2019年、中国最高人民法院は「Honda」事件において、製品に商標を付する行為は法に基づく商標使用に該当し、OEM工程を商標権侵害の例外として判断するような固定的な考え方は避けるべきとの判決を下した。
したがって、中国国外で登録された商標は、中国国内において登録商標の排他的権利を享受することができない。
また、そのような中国の商標法で保護されていない、海外での登録商標の中国におけるライセンシーは、その権利を侵害訴訟に対する対抗手段として用いることはできない。
・2019年の「Honda」事件以降、中国の裁判所はOEM関連製品へ商標を付す行為は商標使用に該当するとの判断を取り入れたため、OEMの活動による非侵害の防衛について楽観視は出来ない事を示している。
OEM関連の商標権侵害を構成する特定要因に基づく侵害判断の限界
中国の司法判断の変遷は、異なる歴史的段階での利益を守るため、商標権者・OEM受託者間でのバランスが維持されてきたことがある程度示されている。
異なる時代における中国裁判所の重要な判決を集約することで、中国法曹界におけるOEM関連の商標権侵害の判断における主要な議論は、商標権侵害を構成する特定の要因に対する異なる解釈と適用が映し出される。
OEM関連製品に付された商標は、商品の出所を識別する機能を果たしておらず、海外で流通していることから、中国国内の消費者に誤認混同を生じさせることはなく、またOEM関連製品は中国では販売されることはないため、実質的に中国で登録されている商標の権利者に損害を与えることはない、というのが権利侵害を構成しない判決理由とされている。
これらの理由は、商標権の属地主義の原則に反しており、やや強引であろう。
商標権侵害を指示する理由としては、海外での商標権は中国では保護されないため、侵害の判断は主に商標と商品の類似性に基づいて行われることを強調している。
しかし、あまりに簡略化・粗雑な方法で侵害を判断すると、OEM加工の特殊性及び誠意を持ってOEMの活動に従事する中国と外国の人々の利益が考慮されなくなり、商標権者・市場参加者間の利益の不均衡を招く恐れがある。
たとえば、OEM関連の商標権侵害事件において、OEM活動により権利を侵害されたと主張する中国の登録商標権者の多くは、先願主義および属地主義の原則の基、商標権を取得している。
しかし、そのような権利者が、中国では登録されていないが海外企業が以前から使用している商標を、駆け込み登録や不正な手段で取得しているのがより一般的なケースである。
このような方法で商標権を取得する企業や個人は、しばしば商標スクワッター(trade mark squatter)と呼ばれる。
OEM事業者への登録商標の高額販売、もしくはOEM事業者の商標あるいはブランドを付した製品の製造、販売、輸出を目的として、商標スクワッターは中国税関総署の知的財産権税関保護システムを通じてOEM関連製品の税関での差し押さえを請求したり、司法制度を通じて事業者に対し侵害の訴えを起こしたりして、善意のOEM事業者が極めて受身にならざるを得ない状況や高額な代償金が生じる場合がある。
商標権侵害を構成する特定の要因に限定して判断を下すことから、個別の状況下で市場参加者間の利益のバランスを維持することは困難である。
誠実信頼原則と権利濫用の禁止が、問題解決の鍵になるかもしれない。
誠実信頼原則と権利濫用の禁止がどのようにOEM関連の商標権侵害事件に適用されるか
誠実信頼原則と権利濫用の禁止は、中国の立法制度で長きにわたり確立され、司法実務においても適用されてきた。
中華人民共和国民法典第7条、第132条はそれぞれ「民事主体は,民事活動を行うに当たり,誠実信用原則に従わなければならず,誠実を旨とし,約束を遵守する。」「民事主体は,民事権利を濫用し,国家の利益,社会公共の利益又は他人の合法的な権利利益に損害を与えてはならない。」と規定している。
中華人民共和国商標法第7条は「商標の登録出願及び使用は、誠実信用の原則に従わなければならない。」と規定している。
早くも2014年に、中国最高人民法院は「Ellassay」事件において、次の判決を下している:
「全ての市場参加者と民事訴訟活動は、誠実信頼原則を厳守することが基本原則である。
したがって、法律の趣旨と精神に反し、他人の正当な権利と利益を害することを目的とした悪意のある商標権の取得と行使は権利の濫用であるため、その請求は法律で保護・支持することができない」。
誠実信頼原則を適用することで、裁判所は個別の案件において、権利者による商標権取得の正当性を再検討・再確認し、悪意のある商標スクワッターの法的救済請求を拒むことができる。
全ての権利は規制されるべきである。
誠実信頼原則と権利濫用の禁止は、商標権侵害事件に関する権利取得と行使の正当性をめぐる紛争を解決するための鍵である。
しかしながら、個別のOEM関連の商標権侵害事件に信義誠実と権利濫用の禁止の原則を適用するのは容易ではない。
この点で、浙江省高級人民法院は、中国の裁判所の中で最前線にいる。
2022年1月、浙江省高級人民法院は、「STAHLWERK」事件の再審判決で誠実信頼原則を引き合いに出した。
裁判所は、次の判決を下している:
Shenzhen Stahlwerk Welding Technology社(中国における商標権者)の関連会社は、ドイツのStahlwerk社(海外のOEM委託者)より、中国における同ブランド製品のデザインと加工を委託されていた。
ドイツのStahlwerk社と同国で登録されている「STAHLWERK」商標の存在を知っていたにも関わらず、同社は同一商品に関し「STAHLWERK」商標を中国において2011年10月に出願し、ドイツのStahlwerk社からOEM加工の委託を受けていたZhejiang Laosdun Technology社に対し、同社の商標権に基づき、中国領域内で告発された侵害品の侵害訴訟を提起した。
裁判所は、Shenzhen Stahlwerk Welding Technology社が行使した商標権は不適切で、誠実信頼原則に反しているとの理由、また中華人民共和国商標法第7条「商標の登録出願及び使用は、誠実信用の原則に従わなければならない。」に基づき、OEM事業者は商標権を侵害していないとの判決を下した。
本件においては、中国の商標登録者と海外のOEM委託者との代理関係が重要で、中国の商標登録者は海外のOEM委託者が所有する商標の存在を知っており、これが誠実信頼原則に反する。
2022年9月に更なる進展があり、浙江省高級人民法院は「JURTEK」事件の最終判決において、中国における同商標の登録者であるLaizhou Baoyi Machinery社が、海外のOEM委託者である「JURATEK」(イギリス)を知っていながら登録を申請し、証明可能な直接的証拠がない状況下で、様々な事実を総合的に調査・検討した結果、関連商標の権利がどのように行使されたかにより、Laizhou Baoyi Machinery社による誠実信頼原則違反がなされたと判断した。
被告の行為が侵害を構成する特定の要因に一致するかどうかに捕らわれることなく、上記の2つの事件に関しては「誠実信頼原則」を直接適用することで商標を誠実に使用するOEM事業者を保護し、浙江省高級人民法院が商標権者と市場参加者の利益のバランスを維持したことは、見習い・普及させる価値がある。
誠実信頼原則・権利濫用の禁止の中華人民共和国商標法改正草案への追加
中国国家知識産権局(CNIPA)は「中華人民共和国商標法改正草案」を公表し、各界からの意見を募集した。
誠実信頼原則に関して規定されている現行の第7条は、改正後には第9条になり、草案で次の通り改善がなされているのを知れたのは喜ばしい:
「商標の登録出願及び使用は、誠実信用の原則に従わなければならない。商標登録者は、商標権を濫用し、国の利益、公共の利益、他人の合法的な権益を害してはならない」。
改正後の規定は、中国の商標分野における商標スクワッティングや権利の乱用などの問題に対し、より包括的な解決策を提供することが期待されている。
OEM事業者へのアドバイス
浙江省高級人民法院が判決を下した「STAHLWERK」及び「JURATEK」事件は大きな意味を持つが、個別の事件で誠実信頼原則を主張するには、しばしば費用がかかり困難である。
OEM企業は、できるだけ早く商標登録を申請し、海外商標と対応する中国語商標、音訳、意訳の組み合わせを戦略的に登録すべきである。
税関での差し押さえに直面した場合、OEM事業者は積極的に対応し、権利を保護するために様々な措置を講じるべきである。
また企業は自社の商標権を保護するため、登録商標の無効宣言の申立、非侵害抗弁の提出、積極的な非侵害行為の開始、和解交渉など、様々な法的手段を熟知しておく必要がある。
最後に、ぜひ中国市場に精通した現地の専門家が提供する中国市場参入に関する戦略的アドバイスを理解していただきたい。
[出典:Nandi (Landy) Jiang and Miriam Yang of Lusheng Law Firm]