
自社の商品名やブランド名、ロゴは、企業の信頼や価値を支える重要な資産です。一方で、商標を巡るトラブルは年々増加しており、「知らないうちに他社の商標権を侵害していた」「自社の商標が勝手に使われている」といったケースは、ECやSNSの普及により身近な問題となっています。商標権侵害が成立すると、差止請求や損害賠償請求、さらには刑事罰といった重大なリスクを負う可能性もあります。
本記事では、商標権侵害の定義から、侵害が成立する要件、具体的な事例、侵害に該当しないケース、罰則まで分かりやすく解説します。
なお、商標権侵害の対策方法については以下の記事で詳しく解説しています。
商標侵害(商標権侵害)対策ガイド─侵害時の対処や警告への対応・予防策
1.商標権侵害とは
商標権侵害を正しく理解するため、まず基本的な定義と侵害のパターンを解説します。
1-1.商標権侵害の定義と登録商標の前提
日本において商標権侵害とは、他人が登録した商標(登録商標)やそれに類似する商標を、指定商品等又はこれに類似する商品等について、権利者の許可なく使用する行為です。
商標権は、特許庁に商標出願を行い、審査を経て登録されることで初めて発生します。つまり、商標権侵害が成立するには、対象の商標が「登録されていること」が大前提となります。
未登録の商標には商標権が発生しないため、原則として商標権侵害は成立しません。ただし、未登録であっても周知性がある商標などは不正競争防止法によって保護される場合があります。
登録商標であるかどうかは、下記で確認が可能です。
● 国内: 特許庁が提供する「J-PlatPat」(特許情報プラットフォーム)
● 海外: マークアイが提供する「各国商標データベース一覧」
商標を使用する前には、これらのデータベースで登録状況を事前に確認することが重要です。
1-2.商標権侵害の2つのパターン(専用権侵害・禁止権侵害)
日本の商標権には「専用権」と「禁止権」という2つの権利があり、それぞれ侵害のパターンが異なります。
❖ 専用権侵害
専用権とは、登録商標を指定商品・指定役務について独占的に使用できる権利です(日本商標法第25条)。
たとえば、「家具」を指定商品として「A」という商標が登録されている場合、他社が無断で「A」という名称でソファを販売すれば専用権侵害となります。
❖ 禁止権侵害
禁止権とは、専用権よりも排他的範囲が広く、類似する商標や商品・役務についても第三者の使用を禁止する権利です(日本商標法第37条)。
先ほどの例でいえば、他社が「ニューA」という名称で家具を販売した場合や、「A」という名称でインテリア雑貨を販売した場合には、禁止権侵害に該当する可能性があります。
専用権侵害と異なり「類似性」の高度な判断を伴うため、専門家の見解を踏まえて判断することが望ましいでしょう。また、類似性の基準は国ごとに異なる点にも注意が必要です。
2.商標権侵害が成立する3つの要件
商標権侵害が成立するためには、最低でも以下3つの要件を満たす必要があります。
2-1.指定商品・役務が同一または類似であること
商標権は、商標登録の際に指定した範囲でのみ効力を持ちます。商標権侵害が成立するには、相手が使用している商品・役務が、登録商標の指定商品・指定役務と「同一」または「類似」している必要があります。
商品・役務の類似性は、特許庁の「類似商品・役務審査基準」を参考に、「類似群コード」を目安に整理します。同じコードに属する商品・役務は類似と判断される傾向がありますが、個別の判断が必要です。最終的には、製造方法、用途、販売経路、需要者層などを総合的に考慮します。
たとえば、「革製のかばん」と「革製の財布」は、素材や用途、販売場所が類似しているため、類似する商品と判断されやすいといえます。
2-2.商標が同一または類似であること
商標の類似性は、多くの国で共通する「外観」「称呼」「観念」という3要素から総合的に判断されます。
❖ 外観による判断
商標の見た目です。文字の形状、図形のデザイン、色彩、全体的な印象などが考慮されます。たとえば、「SONY」と「SONI」は一文字違いで外観が類似していると判断される可能性があります。
❖ 呼称による判断
商標の読み方です。たとえば、「日本橋」を「ニホンバシ」と読む商標と「にほんばし」と読む商標は、外観は異なりますが称呼が同一であるため類似すると判断されやすくなります。
❖ 観念による判断
商標から生じる意味やイメージです。たとえば、「りんご」という文字商標と、りんごの絵を描いた図形商標は、外観・称呼が異なっても観念が共通するため類似と判断される可能性があります。
2-3.商標的使用に該当すること
商標権侵害が成立するためには、その使用が「商標的使用」、つまり「出所表示機能」を果たしている必要があります。
たとえば、「この製品は●●製エンジンを搭載」という記載は、部品メーカー名の説明的表示と見なされ、商標的使用に該当しない場合が多いとされています。一方、自社製品に特定のロゴを目立つ形で付けて販売する行為は、出所表示として機能するため、商標的使用に該当する可能性が高いと考えられます。
3.商標権侵害と判断された具体的事例
3-1.ネーミング・ブランド名の類似事例
❖ 洋菓子店での類似事例
ある洋菓子店A社が、特定の商号と商標を店舗の看板、入口ガラス面、広告などに使用したところ、別の洋菓子メーカーB社から商標権侵害として訴えられました。
大阪高裁は、称呼がほとんど同一であり、外観の違いも登録商標をデザイン化した程度と認識されるとして類似性を認めました。
さらに「洋菓子(商品)」と「洋菓子の小売(役務)」の間でも出所の混同を招くとして侵害を認めました。
❖ ハッシュタグでの商標使用事例
ある企業C社が、フリマアプリで商品を販売する際に他社の登録商標をハッシュタグとして使用したところ、商標権者D社から侵害として訴えられました。
裁判所は、利用者が検索を通じて出品ページを閲覧した段階で、当該商品が特定のブランドのものであるとの認識が生じるとして、商標権侵害を認めました。
ハッシュタグであっても、出所表示機能を果たす使用態様であれば侵害にあたると判断された例です。
また、国際登録(マドリッド協定議定書)に基づく商標は、WIPOの「Madrid Monitor」での検索が可能です。
3-2.ロゴ・デザインの類似事例
米国のスポーツブランド大手E社は、自社の「3本線」デザインを巡り、ファッションブランドF社を商標権侵害(および希釈)で提訴しました。F社が衣類やバッグに使う「4本線」デザインが、E社ブランドと混同を招くと主張したものです。
裁判では、ストライプの見え方の違いに加え、販売のされ方や顧客層、実際の混同の有無などが争点となりました。
その結果、陪審は商標権侵害や希釈を認めず、F社のデザイン使用についてE社の請求は退けられました。
3-3.ECサイトでの無断使用事例
大手ECモールの複数の出店者が、ある商標権者の登録商標を付した侵害商品を販売したところ、商標権者は出店者ではなくECモール運営者に対して侵害による差止めと損害賠償を請求しました。
知財高裁は、モール運営者が運営システムの提供、出店申込みの許否、出店停止等の管理・支配を行い、利益を受けている場合、侵害があることを知った時点から合理的期間内に削除がなされない限り、商標権侵害の責任を負うと判断しました。
4.商標権侵害にならないケース
商標権には一定の例外が認められており、すべての使用が侵害に該当するわけではありません。ここでは、日本における主な例外事由を解説しますが、国によって制度が異なる点にご注意ください。
4-1.商標的使用に該当しない場合
商標権侵害が成立するには「商標的使用」、つまり「出所表示機能」を果たしている使用であることが必要です。逆にいえば、出所表示機能を果たしていない使用は侵害となりません。
たとえば、商品の原材料表示、産地の表示、品質や効能の説明、単なる装飾的なデザインの一部としての使用などは、商標的使用に該当しないと判断される可能性があります。
なお、海外でも「出所表示としての使用かどうか」は争点になり得ますが、法体系や用語は国・地域によって異なります。
たとえば米国では、侵害判断の前提として「use in commerce」などの枠組みがあり、個別事情に応じて商標として機能しているかが検討されます。EUでも「取引上の使用(in the course of trade)」かどうかなどを前提に、商標の機能を害するかという観点で判断されます。
4-2.普通名称や慣用表現の使用
日本商標法第26条では、一定の場合に商標権の効力が及ばない(適用除外)とされています。その代表的な例が、普通名称や慣用表現の使用です。
普通名称とは、商品や役務の一般的な名称です。たとえば、「りんご」という商標が登録されていても、果物のりんごを販売する際に「りんご」と表記することは自由です。普通名称を特定の者に独占させることは公益に反するためです。
また、慣用表現(慣用商標)も商標権の効力が及びません。清酒業界の「正宗」などが該当します。
ただし、普通名称や慣用表現であるかどうかの判断は、時代や地域によって変化するため、専門家に相談することをおすすめします。
このような「説明的・一般的な表示を独占させない」という考え方は多くの国に共通しますが、具体的な要件や判断枠組みは国ごとに異なるため、海外での運用は現地制度を前提に確認することが重要です。
4-3.先使用権が認められる場合
日本において先使用権とは、他人の商標登録出願前から、同一または類似の商標を使用していた者に認められる権利です。一定の要件を満たせば、侵害とならずに継続使用が認められます。
先使用権が認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
● 相手方の商標登録出願前から使用していたこと
● 需要者の間で周知性を獲得していたこと
● 不正競争の目的がないこと
● 継続して使用していること
特に「周知性」の立証は難しく、広告実績、販売実績、メディア掲載、取引資料など多様な証拠が必要で、多額の調査費用が発生する場合もあります。
また、先使用に関する考え方や制度は国によって異なります。
たとえば中国では、一定の要件を満たす場合に、他人の登録商標があっても「先に使っていた表示」を従来の範囲内で使い続けられる可能性があります。シンガポールでも、先に継続して使用していたことを理由に、侵害の主張に対して反論できる制度があります。
海外展開では「先使用がどこまで保護されるか」「継続使用の範囲がどう制限されるか」が国ごとに違うため、現地法の確認が不可欠です。
なお、先行商標権者の同意などの条件により、類似商標でも登録が可能になる「コンセント制度」については以下の記事で解説しています。
類似商標も登録可能に!コンセント制度の仕組みと手続き、活用方法
5.商標権侵害によるリスクと罰則
商標権を侵害した場合、民事上・刑事上の重大な責任を問われる可能性があります。なお、罰則の内容は国によって異なるため、ここでは主に日本の制度を中心に解説します。
5-1.民事上のリスク(差止請求・損害賠償)
商標権者は、侵害者に対して差止請求と損害賠償請求を行うことができます。
❖ 差止請求の内容と影響
差止請求とは、商標権侵害の停止や将来の侵害の予防を求める請求です(商標法第36条)。
侵害行為の停止だけでなく、侵害物の廃棄、侵害供用設備の除却なども請求できます。差止請求には侵害者の故意・過失は不要です。
差止請求が認められると、企業は以下のような対応を余儀なくされ、多大な時間とコストがかかります。
● 在庫品の廃棄
● パッケージや包装資材の再作成
● 製造ラインの変更
● 広告やECサイトの停止
● ブランド名の変更と周知活動
● 謝罪文の新聞掲載
❖ 損害賠償請求の実態
損害賠償請求では、侵害者が得た利益額や商標権者が受けた損害額が基準となります。日本商標法では、損害額の立証を容易にするための推定規定が設けられています(商標法第38条)。
実際の事例では、数十万円から数千万円まで幅がありますが、小規模事案では比較的低額にとどまることもあります。
なお、商標法では侵害者の過失が推定されるため(特許法第103条、商標法第39条で準用)、「知らなかった」という主張は原則として認められません。
5-2.刑事罰の内容
日本では、商標権侵害には刑事罰も規定されています。
❖ 直接侵害
故意に商標権を侵害した場合、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはその併科が科される可能性があります(商標法第78条)
❖ 間接侵害
「商標権を侵害する行為とみなされる行為」(間接侵害)についても、5年以下の懲役または500万円以下の罰金が科される可能性があります(商標法第78条の2)。偽造商標ラベルの製造・販売などが含まれます。
❖ 法人への罰則
法人に対しては、両罰規定により、従業員が侵害行為を行った場合でも、法人に対して3億円以下の罰金が科される可能性があります(商標法第82条)
商標権侵害は非親告罪であり、被害者からの告訴がなくても起訴できます。悪質な模倣品の製造・販売などについては、警察が積極的に摘発するケースも増えています。
刑事事件に発展すれば、企業の社会的信用が大きく損なわれ、取引先との関係にも影響を及ぼしかねません。
海外では商標権侵害に対する刑罰や運用が異なるため、国際的に事業を展開する場合はまず各国制度の確認が不可欠です。
まとめ
商標権侵害は、登録商標やそれに類似する商標を、指定商品・役務と同一または類似の範囲で無断使用することで成立します。侵害の判断にあたっては、指定商品・役務の類似性、商標の類似性、そして「商標的使用」に該当するかという3つの要件を総合的に検討する必要があります。
侵害と判断された場合、差止請求や損害賠償請求、刑事罰など、企業活動に大きな影響を及ぼすリスクが生じます。
こうしたリスクを回避するためには、新たな商品名やロゴを使用する前に十分な商標調査を行い、類似商標の有無を確認することが不可欠です。また、自社の商標を早期に登録し、権利を適切に管理することで、将来的なトラブルを未然に防ぐことができます。
株式会社マークアイでは、商標調査から出願、登録後の管理まで、商標に関する包括的なサービスを提供しています。特に「ネット侵害調査サービス(Webコンテンツモニタリング)」では、ECモールやSNSでの商標の無断使用を早期に発見できます。
商標侵害のリスクを最小限に抑え、ブランド価値を守るために、ぜひ専門家のサポートをご活用ください。
商標調査サービス
ネット侵害調査サービス(Webコンテンツモニタリング)
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