2026.06.02

商標の管理においては、「登録すれば終わり」という認識が通用しない国が存在します。
特にアメリカ等では、登録後も実際に使用していることを証明できなければ、商標権が失効する可能性があります。こうした制度は、日本とは異なる前提で運用されており、実務上の対応にも大きな違いを生みます。
本記事では、こうした違いの背景にある「使用主義」と「登録主義」の考え方を整理したうえで、アメリカのSection 8・71による使用宣誓制度や使用証拠監査の実務、使用証拠の提出義務があるフィリピン・プエルトリコ等の要件まで解説します。
1.商標制度の二大原則「登録主義」と「使用主義」
一口に「商標制度」といっても、権利の発生根拠は国によって大きく異なります。
「どの国で、いつ・何をすれば権利が守られるか」という視点で整理すると、制度の違いが実務上のリスクに直結することが見えてきます。
1-1.登録主義の仕組み(日本・欧州等)
登録主義(先願主義)とは、特許庁などの公的機関に商標を登録した時点で、はじめて商標権が発生するという考え方です。出願・登録の先後が権利の優先順位を決めるため、実際に商標を使用しているかどうかは、権利取得時には原則として問われません。
日本・欧州連合(EU)・韓国・中国などが登録主義を採用しています。
1-2.使用主義の仕組み(アメリカ等)
使用主義とは、商標を実際に使用することで権利が発生するという考え方です。先に使用した者が優先権を持ち、登録はその権利を公示・補強する役割を担います。
アメリカ(コモンロー:慣習法)等が代表例として知られています。
アメリカでは、連邦登録がなくても、実際に商標を使用している地域の範囲内であれば、コモンローに基づく商標権が認められます。ただし、この権利は地理的に限定されるうえ、第三者が存在を把握しにくいという特徴があり、権利関係が不明確になりやすい点には留意が必要です。
全国規模での保護を実現するには、アメリカ合衆国特許商標庁(USPTO)への連邦登録が前提となります。
1-3.使用しなければ取り消される「不使用取消制度」とは
商標制度は、登録主義と使用主義に分けて説明されることが一般的ですが、実際にはどの国もどちらか一方のみを採用しているわけではありません。登録主義の国でも、一定期間商標を使用しなければ「不使用取消審判」により登録が取り消される制度が設けられています。
たとえば日本では、登録後3年以上、正当な理由なく使用しなかった場合、第三者から不使用取消審判を請求される可能性があります(商標法第50条)。
つまり、現代の商標制度は「登録主義+使用要件」というハイブリッド構造になっているといえます。登録主義国であっても、使用記録を日頃から蓄積しておくことが重要です。
不使用取消審判については、以下の記事で詳しく解説しています。
不使用取消審判とは?商標を取り消す要件・手続き・費用について解説
2.使用主義の代表国「アメリカ」の商標維持制度
アメリカの商標制度は、使用主義を基盤としつつ、出願ベースの選択、登録後の定期的な使用宣誓、さらには抜き打ち監査など、複数の仕組みを組み合わせた形で設計されています。
2-1.出願時に選択が求められる「5つの出願ベース」
USPTOへの商標出願では、出願時に「どの法的根拠に基づいて権利を請求するか(出願ベース)」を選択する必要があります。
主な出願ベースは次の5つです。
❖ 実際の使用(Section 1(a))
すでにアメリカ国内で使用していることを根拠とする方法です。出願と同時に、使用状況を示す写真などの「使用証拠」を提出する必要があります。
❖ 使用意思(Section 1(b)/ITU)
まだアメリカで使用していないものの、将来使用する意思があることを根拠とする方法です。出願時に「使用の意思」を宣誓し、その後、登録前に改めて「使用宣誓書」と「使用証拠」を提出する必要があります。
❖ 外国出願(Section 44(d))
アメリカ以外の国での出願を基礎として、アメリカでの出願に優先権を主張する方法です。外国での出願日から6ヶ月以内にアメリカへ出願することで、その外国での出願日を「優先日(審査の基準となる日)」として主張できます。
❖ 外国登録(Section 44(e))
一般的には拒絶理由通知を受けた後に提出します。ただし、事前に類似性が明らかな場合には、出願時や拒絶理由通知前に提出することも可能です。
❖ 国際登録(Section 66(a)/マドプロ)
「マドリッド協定議定書(マドプロ)」に基づく国際登録を根拠とする方法です。日本の場合は、日本の特許庁を通じて一括してアメリカを指定します。
「外国登録(44e)」や「国際登録(66a)」の場合、アメリカでの登録時点では使用証拠の提出が免除されるというメリットがあります。
ただし、登録後の維持(5〜6年目や更新時)においては、出願ルートにかかわらず使用証拠の提出が必須となります。
2-2.登録維持に必要な使用宣誓:Section 8 と Section 71
アメリカでは、商標登録後も定期的に使用の事実を宣誓する義務があり、適用されるセクションは登録ルートによって異なります。
❖ Section 8 (米国出願に基づく登録)
Section 1(a)・1(b)・44(d)・44(e)による登録に適用されます。登録後5〜6年目に「Section 8宣誓書」、その後は10年ごとの更新時に「Section 8・9複合宣誓書」を提出します。いずれも使用証拠が必要です。
❖ Section 71 (マドプロ登録)
Section 66(a)による国際登録に適用されます。前項と同様に、5〜6年目および10年ごとの更新時に使用証拠と宣誓書の提出が求められます。
いずれの場合も、正当な理由なく提出を怠ると登録は失効します。
「登録後は更新のみ」という日本的な感覚で管理していると、宣誓義務を見落とすリスクがある点に注意が必要です。
2-3.使用証拠の監査制度(Audit)
アメリカでは、登録後に提出された使用証拠について、追加の提出を求められる監査制度が設けられています。
この制度は、Section 8またはSection 71の宣誓書を提出した登録の一部をランダムに抽出し、区分ごとに2つの商品・役務について追加の使用証拠提出を求めるものです。
ここで証拠が提出できない場合、該当の商品・役務は登録から削除されます。さらに、初回に監査対象とならなかった残りの指定商品・役務についても、追加で証拠提出が求められるケースがあり、結果として使用実態のない指定が一掃される可能性があります。
そのため、実際には使用していない商品・役務を含めたまま管理していると、監査を契機として登録範囲が大幅に縮小されるリスクがあります。
Section 8・71の宣誓タイミングへの対応だけでなく、ランダム監査も見据え、日常的に使用証拠を蓄積・整理しておくことが重要です。
3.アメリカで求められる使用証拠の種類と注意点
使用宣誓の手続きで特に判断が難しいのが、「何を使用証拠として提出するか」という点です。宣誓書を提出しても、証拠の形式・内容が基準を満たしていなければ認められないリスクがあります。
アメリカはUSPTOによる審査が特に厳格であるため、何が認められ、何が認められないのかを事前に把握しておくことが重要です。
3-1.商品・役務ごとに認められる具体的な証拠例
アメリカにおける使用証拠(標本)として認められるものは、商品と役務で要件が異なります。
以下に示す証拠例はあくまで代表的なものであり、商標の種類や審査官の判断によって認否が分かれる場合があります。個別判断については専門家への相談をおすすめします。
❖ 商品(Goods)の証拠例
タグ・ラベル : 商品に直接付されたタグやラベル、または商品に印字された商標の全体写真
容器・包装 : 商品を販売する際の箱や袋に商標が表示されているもの
店頭ディスプレイ : 商品の販売場所(レジ横や棚など)で、商品と密接に関連付けて商標が表示されているバナーやウィンドウディスプレイ
ウェブサイト(ECサイト) : 商品画像と商標が並記され、かつ「カートに入れる(Add to Cart)」などの直接的な購入導線や価格情報を含む画面(URLとキャプチャ日付の記載が必須)
❖ 役務(Services)の証拠例
看板・店舗写真 :店舗の入口や受付など、サービス提供場所で商標が表示されている写真
広告宣伝物 : サービス内容の説明とともに商標が記載されたチラシ、パンフレット、カタログなど
ウェブサイト : 提供サービスの内容が説明され、なおかつ、識別標識として商標が目立つ位置(画面上部など)に表示されている画面
サービス提供中の写真 : コンサルティングや理美容など、実際のサービス提供現場で商標が確認できる写真
3-2.不備と判断されやすい典型的なNGパターン
使用証拠として提出しても、審査で不備と判断されるケースがあります。
形式要件を満たさない例として、次のようなものがあります。
❖ インボイスや注文書のみ
取引記録にすぎず、消費者が商品・サービスを選択する際の標識として機能しないため、原則として認められません。
❖ 購入手段のないウェブサイト
単なる製品紹介ページは「広告」とみなされ、商品の使用証拠としては不十分です。証拠として認められるには、購入ボタンや価格情報が必要です。
3-3.デジタル加工証拠への監視強化
近年では、電子的に加工・編集された使用証拠に対する審査が一層厳格化しています。
USPTOも2019年に審査ガイドライン(Examination Guide 3-19)を公表し、その取扱いを明確化しました。
たとえば、ウェブサイトの画面イメージに商標を後から合成したり、商品画像に商標をデジタルで追加したりした証拠は、実際の使用を示すものとは認められません。
使用証拠は、実際の販売・広告活動の現場から取得した「生の資料」であることが原則です。
4.アメリカ以外で登録後の使用証拠の提出が必要な国
使用証拠の提出が必要なのはアメリカだけではありません。
フィリピンのように一定期間内に使用証拠提出を求められる国もあれば、登録主義でありながら維持手続きにおいて使用証拠の提出を義務付けている国もあります。いずれも対応を怠ると権利失効に直結するため、自社が商標を保有する国ごとの要件を正確に把握しておくことが不可欠です。
4-1.フィリピン
フィリピンは、使用の事実が権利の発生・維持に強く関与する、いわゆる使用主義的な運用を行う国です。知的財産庁(IPOPHL)への商標登録後、3年目・5年目、さらに更新時や更新後5年目といったタイミングで「使用実績宣誓書(DAU)」の提出が義務付けられています。
主な使用証拠の例は次のとおりです。
● 商品の包装・ラベル、または商品そのものに商標が付された鮮明な画像
● カタログ、パンフレット、広告資料のコピー
● ウェブサイトの画面イメージ
● インボイスやレシートのコピー
また、現地で流通に関与している法人や代理店、輸入業者の名称・住所を提示する必要がある点も特徴です。使用していない商品・役務については、区分単位での削除が求められます。
4-2.プエルトリコ・カンボジア・ハイチ
プエルトリコ・カンボジア・ハイチはいずれも登録主義の国ですが、登録後の維持手続きにおいて使用証拠の提出が義務付けられています。
❖ プエルトリコ
出願時に、出願ベースを選択する必要があります。
「使用意思ベース」で出願した場合、出願時期に応じて、使用宣誓書および使用証拠の提出期限が異なります。
● 2009年12月16日以降に出願された商標:出願後6年以内(猶予期間6か月)
● 2011年7月12日以降に出願された商標:出願後3年以内(猶予期間1年)
これらが提出されない場合、第三者の申請により、当局が商標権を失効させる可能性があります。なお、初回更新以降は提出不要です。
※プエルトリコの出願ベースは、①使用ベース、②使用意思ベース、③アメリカ登録ベースの3種類があります。
使用ベースでは、出願時に使用証拠および使用開始日の提出が必要です。
アメリカ登録ベースでは、基礎とするアメリカ登録商標と商標・商品役務・区分が完全に一致していることが条件となり、出願時に当該商標の認証謄本(certified copy)の提出が求められます。
❖ カンボジア
登録後5〜6年目および更新後も5〜6年ごとに使用宣誓書の提出が必要です。2020年5月以降は使用証拠の提出も必須となっており、未提出の場合は権利が抹消されます。
❖ ハイチ
登録後5年3ヶ月以内に使用宣誓書と使用証拠の提出が必要であり、更新後も同様のサイクルで対応が求められます。提出しない場合は商標権の放棄とみなされます。
これらの国は日本企業の商標管理において注目されにくい傾向がありますが、対応漏れが生じた場合、権利失効につながるリスクがあります。国ごとに提出時期や必要書類が異なるため、自社が商標を保有するすべての国について、定期的に要件を棚卸ししておくことが重要です。
なお、マドリッド協定議定書に基づく国際登録商標については、各国の国内登録とは運用が異なる場合があるため、個別に確認することをおすすめします。
5.確実な海外商標保護を実現するマークアイの支援
海外商標の維持管理では、手続きの種類・タイミング・証拠要件が国ごとに細かく異なります。こうした要件を全対象国について正確に把握し続けることは、専任担当者を抱える大企業であっても容易ではありません。
5-1.使用証拠の精査・収集から手続き対応まで一貫サポート
マークアイでは、アメリカをはじめとする使用証拠提出が必要な国の商標維持手続きについて、各国の現地代理人ネットワークを通じたサポートを提供しています。
「そもそも何を使用証拠として用意すればよいかわからない」という段階から、証拠の適格性の判断、各種手続きへの対応まで、実務担当者の状況に応じて丁寧にサポートします。
5-2.知財管理システム「TMODS®(ティーモッズ)」による期限と実績の一元管理
マークアイが提供する知財管理システム「TMODS®」では、世界190以上の国・地域の商標登録情報に加え、更新期限や使用宣誓の提出期限を一元管理できます。
また、使用証拠の収集履歴や提出実績も記録できるため、監査対応や担当者交代時の引き継ぎリスクの低減にも有効です。
詳細はサービスページをご覧ください。
まとめ
商標における使用主義は、単なる法理論ではなく、ビジネスの現場における「誠実な使用」を前提とする制度です。アメリカや使用主義的な運用を行うフィリピンでは、登録後も定期的な使用証拠の提出が義務付けられており、日本と同じ感覚で管理していると、突然権利を失うおそれがあります。
また、登録主義の国であっても不使用取消制度が設けられているほか、プエルトリコ・カンボジア・ハイチのように、使用証拠の提出が義務付けられている国もあります。
こうした各国の要件を自社だけで正確に把握し続けることは容易ではありません。そのため、使用記録を平時から蓄積するとともに、専門家と連携した管理体制を整えることが、海外商標を確実に守るうえで重要です。
マークアイでは、各国制度に精通した専門家が貴社のブランド保護を支援します。海外商標管理にお悩みの際は、ぜひご相談ください。
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